心の病と闘い続けた画家。ルイス・ウェインの画風の変化。|ブログインデックス

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ユーモラスな猫の姿を描き、人々から高い人気を集めていたイギリス人の画家「ルイス・ウェイン」。彼は、若い頃に最愛の妻の死や金銭的に苦しい生活を経験しており、晩年には統合失調症を患っていたという。今回は、そんな彼の心の病によるものとされる、その画風の大きな変化について紹介する。

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ルイス・ウェインの生涯

1860年8月5日、ルイス・ウェインはロンドンのクラーケンウェルで生を受ける。彼は、6人兄妹の長兄であり、彼以外の5人は皆女の子だった。

1880年、20歳になったウェインは、ウエスト・ロンドン美術学校を卒業後、美術教師になる。しかし、この頃、父が死去したため、彼は母と妹の生活費を稼がなくてはならなくなる。そのため、ウェインは画家へと転身し、様々な雑誌の挿絵として動物画や風景画を描き、ウェイン一家の生計を支えた。この1880年代には、英国の家屋や敷地、家畜などの絵を多く描いている。

1883年、ウェインは23歳の時に、妹の家庭教師をしていた10歳年上のエミリー・リチャードソンという女性と結婚する。二人は北ロンドンのハムステッドで生活を始めたが、間もなくエミリーの身体は癌に侵され、結婚から3年後に彼女は病死してしまう。生前、病に苦しむエミリーは、飼い猫のピーターを大変可愛がっており、この頃からウェインは、ピーターをモデルにした猫の絵を描き始めることになる。

1886年、イギリスの週刊新聞「イラストレイテド・ロンドン・ニュース」にウェインの絵が掲載されたことをきっかけとして、彼の擬人化されたユーモラスな猫の絵は、ロンドン中の人々の心を掴み、彼は一躍有名画家となった。この頃、彼が描いた猫は、人間のように後ろ足で立って歩き、豊かな表情を見せ、当時、イギリスで流行していた服装に身を包むようになった。また彼の絵には、人間社会に対する風刺や皮肉が含まれており、その絵から溢れる人間臭さのようなものが、人々を魅了したのである。

ウェインの作品は、ロンドン中の人々から高い人気を集め、その後も彼は母と妹の生活費を稼ぎ出すために熱心に絵を描き続けたが、常に金銭的に困っていたという。それは彼が人に騙されやすい性格であり、自身の作品を高く売る術を知らず、また割に合わないような契約を押し付けられることが多かったからだと言われている。

統合失調症の発病

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1907年、37歳になったウェインは、自身の絵の人気が落ち始めるに連れて、次第に精神的に不安定になっていく。ついには、彼は現実と幻想の見分けが付かなくなり、統合失調症を発病してしまう。彼は激しい妄想に苦しみ、穏やかで優しい性格から、疑心暗鬼で敵意を剥き出しにするような性格へと変貌していった。彼は毎晩のように街を彷徨い歩き、部屋の家具の配置を何度も変え、一日中、部屋に籠もっては支離滅裂な文章を書き連ねたという。

1924年、ウェインの言動と暴力に耐え切れなくなった妹たちは、彼をスプリングフィールド精神病院の貧困者用病棟に収容させた。その1年後、彼の現状を知った友人のSF作家ハーバート・ジョージ・ウェルズや当時の首相などの助けにより、彼は王立ベスレム病院へと移され、続いて1930年には、北ロンドンハートフォードシャーのナプスバリー病院へと転院された。

この病院には、充実した治療環境が整備されており、綺麗な庭には数匹の猫が飼育されていた。それからウェインは、1939年に死去するまでの9年間をこの施設で過ごし、本来の穏やかな性格を少しずつ取り戻していったという。彼は、以前のように猫の絵を描き続けたが、その作品の色使いは、以前と違って原色が多用されており、全体が抽象的な幾何学模様などで構成されているものが多くなった。

現在、精神病理学の分野では、ウェインの絵における画風の変化が、彼の精神状態の悪化を表す事例として取り上げられることがある。しかし、彼の伝記「Louis Wain: The Man Who Drew Cats」の著者ロドニー・デイルは、「ウェインは亡くなる寸前まで様々な描画のパターンを試みており、それが結果として抽象的な絵に近づいただけである」という見方をしている。

ルイス・ウェインの画風の変化

下記は、ウェインが統合失調症を発病する前の初期の作品である。擬人化されたユーモラスな猫が、表情豊かに風刺的に描かれている。

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下記は、ウェインが統合失調症を発病した後の後期の作品である。原色が多用されており、風刺的な要素は消え失せ、全体が抽象的な幾何学模様によって構成されている。

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管理人から一言

個人的には、初期の絵も後期の絵も、どちらの絵にも惹かれます…。

ルイス・ウェインの生涯

1860年8月5日、ルイス・ウェインはロンドンのクラーケンウェルで生を受ける。彼は、6人兄妹の長兄であり、彼以外の5人は皆女の子だった。

1880年、20歳になったウェインは、ウエスト・ロンドン美術学校を卒業後、美術教師になる。しかし、この頃、父が死去したため、彼は母と妹の生活費を稼がなくてはならなくなる。そのため、ウェインは画家へと転身し、様々な雑誌の挿絵として動物画や風景画を描き、ウェイン一家の生計を支えた。この1880年代には、英国の家屋や敷地、家畜などの絵を多く描いている。

1883年、ウェインは23歳の時に、妹の家庭教師をしていた10歳年上のエミリー・リチャードソンという女性と結婚する。二人は北ロンドンのハムステッドで生活を始めたが、間もなくエミリーの身体は癌に侵され、結婚から3年後に彼女は病死してしまう。生前、病に苦しむエミリーは、飼い猫のピーターを大変可愛がっており、この頃からウェインは、ピーターをモデルにした猫の絵を描き始めることになる。

1886年、イギリスの週刊新聞「イラストレイテド・ロンドン・ニュース」にウェインの絵が掲載されたことをきっかけとして、彼の擬人化されたユーモラスな猫の絵は、ロンドン中の人々の心を掴み、彼は一躍有名画家となった。この頃、彼が描いた猫は、人間のように後ろ足で立って歩き、豊かな表情を見せ、当時、イギリスで流行していた服装に身を包むようになった。また彼の絵には、人間社会に対する風刺や皮肉が含まれており、その絵から溢れる人間臭さのようなものが、人々を魅了したのである。

ウェインの作品は、ロンドン中の人々から高い人気を集め、その後も彼は母と妹の生活費を稼ぎ出すために熱心に絵を描き続けたが、常に金銭的に困っていたという。それは彼が人に騙されやすい性格であり、自身の作品を高く売る術を知らず、また割に合わないような契約を押し付けられることが多かったからだと言われている。

統合失調症の発病

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1907年、37歳になったウェインは、自身の絵の人気が落ち始めるに連れて、次第に精神的に不安定になっていく。ついには、彼は現実と幻想の見分けが付かなくなり、統合失調症を発病してしまう。彼は激しい妄想に苦しみ、穏やかで優しい性格から、疑心暗鬼で敵意を剥き出しにするような性格へと変貌していった。彼は毎晩のように街を彷徨い歩き、部屋の家具の配置を何度も変え、一日中、部屋に籠もっては支離滅裂な文章を書き連ねたという。

1924年、ウェインの言動と暴力に耐え切れなくなった妹たちは、彼をスプリングフィールド精神病院の貧困者用病棟に収容させた。その1年後、彼の現状を知った友人のSF作家ハーバート・ジョージ・ウェルズや当時の首相などの助けにより、彼は王立ベスレム病院へと移され、続いて1930年には、北ロンドンハートフォードシャーのナプスバリー病院へと転院された。

この病院には、充実した治療環境が整備されており、綺麗な庭には数匹の猫が飼育されていた。それからウェインは、1939年に死去するまでの9年間をこの施設で過ごし、本来の穏やかな性格を少しずつ取り戻していったという。彼は、以前のように猫の絵を描き続けたが、その作品の色使いは、以前と違って原色が多用されており、全体が抽象的な幾何学模様などで構成されているものが多くなった。

現在、精神病理学の分野では、ウェインの絵における画風の変化が、彼の精神状態の悪化を表す事例として取り上げられることがある。しかし、彼の伝記「Louis Wain: The Man Who Drew Cats」の著者ロドニー・デイルは、「ウェインは亡くなる寸前まで様々な描画のパターンを試みており、それが結果として抽象的な絵に近づいただけである」という見方をしている。

ルイス・ウェインの画風の変化

下記は、ウェインが統合失調症を発病する前の初期の作品である。擬人化されたユーモラスな猫が、表情豊かに風刺的に描かれている。

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下記は、ウェインが統合失調症を発病した後の後期の作品である。原色が多用されており、風刺的な要素は消え失せ、全体が抽象的な幾何学模様によって構成されている。

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管理人から一言

個人的には、初期の絵も後期の絵も、どちらの絵にも惹かれます…。

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